6
揉み合うような格好でリビングへ出てった太宰と中也が、
改めて二人揃って寝室に戻って来れば。
恐らくは両者の間で事情を均すためだろうと判っていように、
それでも独りにされていたことからの不安に襲われてでもいたか、
先程は隠れようとした掛け布からちゃんとお顔を出していた敦で。
やや項垂れつつも身を起こして座っている彼だったのへ、
広い歩幅で歩み寄った太宰が、大きな手のひらを頭へぽそんと載せてやり、
いい子だねぇと指通りの良い髪を撫でてやりつつ頬笑みかける。
「ではね、敦くん。
私まだ少し仕事があるから、あとはこいつに任せるね。」
「え?」
そういった段取りを一切話してはなかったため、
急な流れへ驚いたように顔を上げた少年へ、
何の不足があるのだい?と、
同性同士でもうっとりしよう、
花のように優雅な雰囲気をまとったお顔で微笑って見せてから、
「あ、でも勿論、
何か困ったことが起きたらいつでも駆けつけるから連絡してね?」
不安のないよう、上背のある身をかがめてそうと言を重ねる。
何か不便があったら 此奴を好きなだけこき使って良いからねと、
傍らの中也へ視線を流せば、
「うっせぇな。わざわざ言われるまでもねぇさ。」
あくまでも太宰を睨みつけ、忌々しいなという顔になるのはいつもと同じ。
あまりに通常運転のやり取りへ、
眉を下げるようにして敦が思わず苦笑してしまったのを
“よしよし”と和んだ眼差しで見つめてから。
じゃあねと寝台から離れ、ドアへ向かう彼なのへ、
残った二人して その場から動かぬまま見送って。
外へのドアが閉まる音を微かに聞きつつ、
太宰と入れ替わるよに歩み寄った中也は
身を起こしている敦の薄い肩に手をやると、
ほら横になってなと促し、
少しほど身をかがめて、肌掛けを柔らかな所作で直してやる。
間近に寄った彼からは ふわりといつもの香りが届き、
ああ本当に中也さんだ、此処に居るんだと、
こんな場合なのに嬉しくて…ついのこととて頬が緩んでしまった敦だったが、
「あのあの、中也さん。」
「…何だ?」
帽子と上着は向こうで脱いだか既にその身につけてはなく、
手慣れた所作で手套を外しつつ、
寝台の傍に寄り添うように置かれてあった猫脚の椅子へと腰掛ける。
そも、ここは彼の別宅のようなもので、
リラックスするべく装備を解いて身を軽くするのも自然なこと。
だというに、
「…。////////」
あらわになった陽に焼かぬままの白い手が、行儀の良い指が、
目許まで伸ばされた前髪をふわりと頭頂まで梳き上げる仕草に、
声もなく見とれてしまった敦だったりし。
「? 敦?」
「あ、あのあのっ。///////」
ついつい見惚れてしまって話が中途だったの引き戻されて、
弾かれたよにわあと慌てたお顔が何とも可愛い。
それへと ふふと苦笑した中也なのへ、恥ずかしそうに唸りながらも訊いたのが、
「お仕事中だったんじゃあありませんか?」
だって太宰さんが電話した折、まずは切られていたようだった。
それって彼の側は仕事中だったからじゃなかろうかと思ったと続けると、
半分正解だと、目許を細め、くすんと笑ってくれて、
「心配は要らねぇ、しっかり片づけて来たからな。」
そうと言ってから さっき敦を魅了した手が伸びて来て、
「もし、こんな目に遭ってる敦だって知らないでいたなら、
あとあと絶対後悔していただろうからな。」
駆けつけられてよかったよと、
熱のせいでちょっぴり汗ばんでいるらしい頭を撫でてやる。
太宰が撫でたのとは少し違って、やや力がこもってて。
でもそれが “いつも通り”の加減だったので、構われた少年はふふーと嬉しくなる。
ぴょこりと立っている虎の耳を指の間に挟み込んでやんわり撫でれば、
「ふや…。/////」
くすぐったかったか、甘えるような声を出し、
ひょっと身をすくめるのが何とも愛らしい。
男くさくも頼もしい構われようへ、
すっかりと安心したものかうっとりしたよな眼差しを向けてくる彼だったが、
頬の赤みは単にそれへ惚れ直してのものじゃあなさそうで。
『きっと経験がない身だろうから、
熱もどこへ集まっていいのだか判らず
体内を駆け巡っているばかりというところかと。』
今のところは、単なる発熱のような症状が主であり、
当人も何だか火照るなぁと思っている程度だろうが、
媚薬によって熾された熱である以上、
このまま何事もなく静まってくれるかどうかは彼にも周囲にも判らない、
まるきり予測の立たない事態でもあり。
「……。///////」
何とはなしに顔以外へも視線を流せば、
肌掛けの下、時おり膝が浮いては、
もぞもぞと膝頭を擦り合わせるような所作が伺えて。
一体何が起きてのむずむずなのか、果たして当人は気づいているのだろか。
「…。」
「中也さん?」
ちょいと考え込むような顔をしたのへ、
どうしましたか?という憂慮する気色の滲んだお声がかかる。
自分が大変だというに、それでも他人を気遣う優しい子。
頭へ伸べていた手を頬へとすべらせて、
手のひらと指の腹でさわさわと
耳の縁やら柔らかな頬を撫でてやり。
それから…親指だけを横へと伸ばして口許へ添える。
ただの“よしよし”が、ちょっとばかり艶っぽい触れようになり、
心持ち身を倒し、こちらを見下ろす中也の視線がやや伏せられたことと
唇を意味深になぞる彼であることから“何か”を察しただろう愛し子は、
「……。////////」
紫と琥珀、暁の空のような配色をした瞳をほのかに細めて潤ませると、
そちらからも甘えるような眼差しを向けてくる。
戸惑いを挟みもしないで応じる彼なのは、
身の内で騒ぐ甘い熱がそうさせるからだろか。
そんな切なそうなお顔へとこちらからも視線を絡めつつ、
「ちょおっと下世話なことを訊くが。」
それにしては低められた声音は柔らかくって。
何でしょかとうっとりしたまま見やって来る少年へ、
「…自分で“した”ことはあるか?」
「え?」
唐突で下世話で、しかも何とも直截な聞き方だったが、
遠回しに訊いても通じなければやっぱり恥ずかしいやり取りになったに違いなく。
座っていた椅子から少しほど身を起こし、
もう片やの手を、そちらは肌掛け越しのぎりぎりで触れない範囲で
少年の痩躯の輪郭辿るよに、するりと撫で下ろしたことで、
その手の行きついた先を見やって…、あっと やっと気づいたらしい敦が、
「……。////////」
上目遣いになってますますと真っ赤になったのが、
こんな時に困らせてと思えば 隔離した意味ないかも知れずで可哀想だったが。
それと同時、熱に潤んだ双眸や赤くなった唇があまりに愛らしくて
…勘弁してくれ、と
絶句しかかった中也さんだったりしたから、
心臓に悪いという点では堂々のお相子だったかも。
じゃあなくて。(まったくだ)
例の孤児院で劣悪な環境下に置かれ、
そのせいで18だというのにまだまだ少年と呼んで良いほどに
童顔なままだし、ひょろりとした体躯のまま。
なので、もしかして“精通”もまだかもしれぬと思って訊いたが、
それはさすがにない話だろう。
何をどうというのは省いたが、
それじゃあ理解がおっつかないなら言い足そうかとしかけたところ、
「えと、、、、朝起きた時に、あのその時々は、えッとぉ。////////」
同性同士であってもなかなか話題にはしにくい話。
ましてや、この子はどこか清廉というか、お行儀の良いところがあって。
物心ついてからのずっとを閉じ込められていた孤児院から 社会に出た途端、
年上ばかりというあの探偵社で 大人たちからの指導を受ける生活に放り込まれた身だ。
同い年の子らと馬鹿な話に沸くという経験はほぼないのだろから、
節度のあるいい子でいることが、まずはのデフォルトとなっているのやもしれず。
下世話で下品な話になんぞ縁もないまま、
大人の前では生々しい話などしちゃあいけないと、
姿勢のいい、お行儀の良い子でいることが当たり前なこととして
刷り込まれて仕舞っていてもしようがなかろうが。
それでも何とか、そんな話をおどおどと伝えてくれたのへ、
大丈夫だ通じたよと頷いてやり、
そのまま、あのなと微妙な内容の話を続ける。
「敦の今の状態ってのは、
そっちの熱が身体の中で暴れてるようなもんでな。」
いきなりやらしい話になって済まないが、
これはお前も知る与謝野女医が言ってたことでもあってと、
出来るだけ判りやすいよう、言葉を選んで説いて聞かせる。
疲れていたところへ文字通り降りかかった、
強めの、しかもネコ科にはてきめんな癖のある酒精。
ぼんやりするほど熱っぽいのは
敦がその成分を吸収してしまったせいなのであり、
「マタタビの匂いのせいで、
制御が揉みくちゃにされて勝手に盛り上がってしまった熱が、
今、敦の身のうちを駆けまわってるらしいんだな。」
「………はい。」
「ぐつぐつ沸騰しているのを元通りになるよう冷ますというなら、
一日一晩ほどただただじっと耐えてにゃならん。」
「…はい。」
そうするしかないなら頑張って耐えようと思うたか、
頬を赤らめたまま、細い顎を引いて 素直に“はい”と応じた敦なのへ、
「けどな? そもそもの男の性の在りように添って、
ぶっちゃけた話“抜いて”しまえばすんなり収まるものでもあってな。」
「……え? あ…。//////」
先程、自分で“した”ことはあるか?と訊いたのを、
ここでじわりと思い出したものか。
訊き返しかかった語尾が まぁるく開いた唇の中で羞恥の熱に蕩けてゆく。
見開かれた双眸の縁が赤いのは、そもそも既に頬が赤かったからかもしれないが、
この自分もまた、探偵社の先達らと同じようなカテゴリー、
いい姿勢で接さねばならない大人だと、そのような対象だと思われているのなら、
中也としては この際だからちょっとばかり突き崩してやりたくなった。
「俺には甘えてくれていいんだぜ? いやさ、甘えまくってくれよ。」
ただの処理のようにして“対処”するだけというのでは、
どれほど“仕方がなかった”という理解や納得があってのことでも
何かしら気まずい後腐れが残りそうな気がしたし、
幼くとも男としての意気地を挫かれかねない為されようでもあろうデリケートなこと。
いやいや何を大仰なと、そんなの治療の一環だと割り切ってしまってもいいことながら、
微妙なお年頃だというに、
しかも我を殺して不満なんて言わなかろう困った少年でもある敦だとあって、
却って周囲が、少なくとも太宰が、細やかに気を回したのだろうと思われる。
“そうでないというなら…”
敵陣営の存在である自分へ
わざわざ連絡してこなかった太宰なんじゃあなかろうかとまで思った。
そう、
敵対組織同士だという垣根も何のそのとして
恋情というものを育み合っており、
甘え甘やかす間柄にある自分になら、
もしかして黒歴史にしない方策がとれるのではないか、と
ただただ、この一途で健気な少年へ、
要らぬ傷を残さぬための気遣いでしかなくて。
そうまで愛され、大切にされていることを、
あの太宰や探偵社へ向け、
我がへのことのように“ありがてぇことだ”と感謝をしつつ、
「俺に任せてくれねぇか?」
あくまでも淡々とした、だが、ゆるぎない声音で、
真っ直ぐ見据えた敦へと告げる。
「あ…。///////」
任せろと言われても、何をどうすることなのかが判らぬか、
はくはくと口許を震わせる白い少年なのへ、
「勿論、我慢出来るとこまで頑張っていい。
それが限界だと思ったら、どうしても苦しくてもう駄目だと思ったら、
降参して手放して、俺へ任せてくれたらいい。」
だからと、内容のデリケートさへ添うように
掠れるほど低められた静かな声で囁けば、
「〜〜〜〜〜。////////////」
今度こそ途轍もない級の羞恥を載せてのことだろう、
熟れたように真っ赤になった虎の少年だったが、
頬や額へ細い質の髪を淡く貼りつけた、弱り切った顔のまま、
微かな震えの延長みたいに、小さく小さくこくりと頷いてくれたのだった。
注視してこられても落ち着かないだろと、
部屋から出ていようか?と一応は訊いたが、
それは心細いのか、幼子のようにかぶりを振ったので。
適当な文庫本を持ってくるとそれへ目を落として傍らに付き添っておれば。
どのくらいの刻が経過したか、
「……あの。」
真っ赤になって身を縮めた敦が、
恥ずかしいと消え入りそうな声を絞り出す。
時折身を起こして座ってみるなど、どこか落ち着きなく居た彼であり、
気持ち悪くなったり悪寒がしたりするほどの、
重篤手前という風邪の悪寒をやり過ごすときの様子にも似ていて。
輾転と寝返りを打ち始めたころから、
可哀想だが頑張れよと、
無言のままながらも意識はほぼそちらへ傾ける格好で窺っていた中也だったのへ、
その縁が赤くなり、瞳が埋もれそうなほど潤んだ双眸で
じいとこちらを見やってくる彼で。
「なんか、このままだと…吐きそうなほど落ち着きません。」
いっそ 少しでも気を抜いたら体中切り刻まれるような
凶刃の飛び交う中へ放り出されて、
息を切らしつつ戦う方がましだと思うほどに。
訳の分からぬ不気味な高揚や切迫感にじわりじわりと苛まれることへ、
とうとう耐えかねた彼であるようで。
「…判った。」
そうまで寒いはずはなかろうに、
肌掛けを羽織るように背にかけて、
寝台の枕側に丸まり、うずくまったままの敦へ手を伸ばすと。
ともすれば泣き出しそうにまで潤みをたたえた目許の下、
赤く脹れた頬を撫でてやりつつ、
真摯な顔のまま、しっかと頷いてやった中也である。
to be continued. (17.09.10.〜)
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*さあさあ、そろそろお初の年齢指定シーンへ突入かという流れになってまいりました。
慣れないことなので、空元気で賑やかに振る舞っておりますよ。(ばか?)
さすがに間が空くかもです、少々お待ちくださいませね?

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